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東海道五十三次
今から400年程前の1601年(慶長6年)に、 前年の関ヶ原の戦いに勝利した徳川家康が、幕藩体制確立のための諸施策のひとつとして制定した「伝馬制」に基づいています。
江戸の日本橋から京へ百二十余里の道のりは古くから「東海道」と呼ばれ、街道沿いに53の宿場を設置し、街道筋でのいろいろな決めごとを制定したことから始まったと言われています。
江戸時代にあっては、皇居の所在地であった京都と政治の中心であった江戸を結ぶもっとも重要な道路でした。3代将軍家光のころに、最終的に53宿になったものと言われ
江戸幕府が崩壊するまで 続きました。
東海道五十三次は一般には一枚物と知られていますが、ワイド版として歌川派門人会(初代会長 五井野 正
氏)が発見、東海道五十三次は実は60余枚であったことが知られている。
歌川三代豊国が各宿場や関連物語をモチーフに当時人気の役者を前面に配置し制作したことから、役者東海道と呼ばれている。
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